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【 人生に光を放て!織田信長の名言 】
 
 
(1)
 
必死に生きてこそ、
その生涯は光を放つ。
 
 
(2)
 
生まれながらに
才能のある者は、
それを頼んで
鍛錬を怠る、
自惚れる。
 
しかし、
生まれつきの
才能がない者は、
何とか技術を
身につけようと
日々努力する。
 
心構えがまるで違う。
 
これが大事だ。
 
 
(3)
 
攻撃を一点に集約せよ、
無駄な事はするな。
 
 
(4)
 
理想を持ち、
信念に生きよ。
 
理想や信念を
見失った者は、
戦う前から
負けていると
いえよう。
 
そのような者は
廃人と同じだ。
 
 
(5)
 
仕事は探してやるものだ。
 
自分が創り出すものだ。
 
与えられた仕事だけを
やるのは雑兵だ。
 
 
(6)
 
組織に貢献してくれるのは
「優秀な者」よりも
「能力は並の上だが、
 忠実な者」の方だ
 
 
(7)
 
およそ勝負は
時の運によるもので、
計画して勝てる
ものではない。
 
功名は武士の
本意とはいっても、
そのあり方によるものだ。
 
いまその方の功名は
軽率な動きである。
 
一方の大将と
なろうとする者は、
そのような功名を
願ってはならぬ。
 
身の危ういのを
かえりみないのは、
それほど手柄と言う
ことはできない。
 
今後はこの心を
忘れるな。
 
 
(8)
 
絶対は絶対にない
 
 
(9)
 
戦に勝るかどうかと
兵力は必ずしも
比例しない。
 
比例するか
そうでないかは戦術、
つまり自身に
かかっているのだ。
 
 
(10)
 
鳴かぬなら殺してしまえ
ホトトギス
 
 
(11)
 
人間50年。
 
下天の内を比ぶれば、
夢幻の如くなり。
 
一度生を得て、
滅せぬもののあるべきか
 
 
(12)
 
臆病者にはすべての敵が
大軍見える。
 


 
(13)
 
人は心と気を
働かすことをもって
良しとするものだ。
 
用を言いつけられなかった
からといって、
そのまま退出するようでは
役に立たない。
 
その点、お前は塵に
気付いて拾った。
 
なかなか感心である
 
 
(14)
 
器用というのは
他人の思惑の逆をする者だ
 
 
(15)
 
愚かな間違いを犯したら
たとえ生きて帰ってきても
ワシの目の前に姿を見せるな
 
 
(16)
 
およそ勝負は
時の運によるもので、
 
計画して勝てる
ものではない。
 
功名は武士の
本意とはいっても、
そのあり方によるものだ
 
 
(17)
 
人城を頼らば城 人を捨てん
 
 
(18)
 
いつの時代も変わり者が
世の中を変える。
 
異端者を受け入れる器量が
武将には必要である。
 
 
(19)
 
これ(木綿20枚)を売って
彼に小屋を作ってやり、
 
飢えないように
食べ物を分け与えてくれれば
自分はとても嬉しい
 
 
(20)
 
是非に及ばず
(しかたがない。やむを得ない)
 
(21)
 
俺が見事な弓矢を
とることができたのは、
 
皆、平出政秀が
諌死(かんし)
したからだ
 
 
(22)
 
恃(たの)むところにある者は、
恃むもののために滅びる。
 
 
(23)
 
人は心と気を
働かすことをもって
良しとするものだ。
 
用を言いつけられなかった
からといって、
 
そのまま
退出するようでは
役に立たない。
 
その点、お前は塵に
気付いて拾った。
 
なかなか感心である。
 
 
(24)
 
人を用ふるの者は、
能否を択ぶべし、
 
何ぞ新故を論ぜん。
 
 
 
− 織田信長 −
 
 
 
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■ 企業経営者に愛される信長は希代の戦略家!
 
 
今回は、戦国武将で一番人気のある信長さんの名言を集めてみました。しかし、今から500年近く前の時代に生きていた人の言葉が今でも語られるんですから本当に凄いことですよね。
 
 
競争の激しいビジネスシーンの中で活躍されているビジネスパーソン間で戦略家としての織田信長を信奉している方が結構多いんですよね。
 
 
以前参加した経営者向けのセミナーの懇親会の席で自身が展開するビジネスの経営戦略と信長さんが取った戦での戦略を一緒に語る人に出くわしまして、その知識の凄さに圧倒されました。
 
 
 
 
■ 信長の優れたアイディアは歩くことで生み出されていた!?
 
 
信長が本能寺の変で亡くなったのは、50歳目前の49歳です。一説には、かなり歩くのが好きだったようです。岐阜城と安土城は小高い山の上にあり、信長は9年間にわたって往復1時間半かけて山を上り下りしていたようです。意外な感じがしますよね。
 
 
また、安土城は現代の建築物の高さに換算すると10階建てのビルに相当するそうです。私はマンションの10階に住んでいたことがあって、その当時健康のためにと歩いて上り下りをしたことあるのですが、きつすぎて三日と続きませんでした。
 
 
しかし、信長は毎日自らの足で上り下りして眺めを観るのを日課としていたようです。普通に歩くよりも負荷がかかるので、相当足腰が鍛えられていたと思います。歩きながら色々考えて政のアイディアをひねり出していたのかもしれませんね。
 
 
 
 
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■ 楽市楽座は今でも高く評価されている!
 
 
しかし、延々と自分自慢と織田信長の偉大な点については語るので、さすがに嫌になって途中で帰りました。しかし、逆にいうとそれだけ熱狂的なのファンがいるということですから、ある意味羨ましいです。
 
 
織田信長の手によって実現した楽市楽座は今でも高く評価されているので、信長が現代にいれば、もっと民が潤うようなビジネススキームを展開していたかもしれませんね。
 
 
ちなみに今回の信長さんの名言で一番心に響いたのは(10)です。行動することは素晴らしいですが、行動だけではだめで、変える力を受け入れる心がなければ、イノベーションなど到底実現しませんからね。
 
 
 
【画像】 Pinterest
 
織田信長 〜第六天魔王と呼ばれた男の生涯・前編〜
 

 



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