9420190105keihatu.png
 
 
【 這い上がれ!アントニオ猪木の名言 】
 
 
(1)
 
馬鹿になれ
とことん馬鹿になれ
 
恥をかけ
とことん恥をかけ
 
かいてかいて恥かいて
裸になったら見えてくる
 
本当の自分が見えてくる
 
本当の自分も笑ってた
それくらい 馬鹿になれ
 
 
(2)
 
夢を持て!!
 
でかければ
でかいほどいい。
 
とにかく、夢を持て。
 
大風呂敷きを広げて
収まりがつかなく
なってみろ、
 
やらざるを得なくなる
ではないか
 
 
(3)
 
コンプレックスを
バネに飛躍することが
できるのではないか
 
 
(4)
 
元々有りもしない
「限界」にこだわると、
 
己れの「力」に
疑問をもつようになり、
 
しくじったり、
できなかったとき、
 
「ああ、これが
俺の限界だ、もうダメだ」
とギブアップしてしまう
 
 
(5)
 
人は歩みを止めたときに、
そして挑戦を諦めたときに、
 
年老いていくのだと
思います。
 
 
(6)
 
落ちたら、
また這い上がってくれば
いいだけのこと
 
 
(7)
 
一生懸命やっている人を
小馬鹿にするのは、
 
自分が敵わないから
笑うことで逃げているのだ
 
 
(8)
 
人間には、
必ず人生の転機を直感し、
 
的確に判断できるかどうかを
試される時が何度かある
 
 
(9)
 
妥協して敗れるのか、
必死に闘った結果
 
敗れるのかでは
大きな違いがある
 
 
(10)
 
死ぬエネルギーが
あるくらいだったら、
まだまだ生きられると思った
 
 
(11)
 
迷わず行けよ!
行けばわかるさ!
 
 
(12)
 
「迷わずいけよ」
 と言っても、
 俺にも迷う時もある
 


 
(13)
 
常識から
1ミリでもいいから
一歩踏み出せ
 
 
(14)
 
踏み出せば、
その一足が道となる
 
 
(15)
 
道はどんなに険しくとも、
笑いながら歩こうぜ!
 
 
(16)
 
失敗が怖い?
 
いいじゃないですか。
 
私なんか失敗、誤解、
つまずきといった
負の部分を
 
エネルギーに
変えてきたからこそ、
 
こうやって
60歳を過ぎたいまでも
元気でいられるんですから。
 
 
(17)
 
私自身ブラジル移民で、
力道山にスカウトされて
 
日本に帰ってきたときから、
ひどいことを言われ
続けてきました。
 
プロレスそのものだって、
ずっと蔑視され、
 
差別を受けてきた
歴史があるのです。
 
だから「てめえら、
今に見ていろよ」みたいな、
 
いつも燃えるものが
私の心にあって、
 
それは生涯変えようが
ないのかなと思う。
 
 
(18)
 
私は色紙にいつの日か
闘魂という文字を
書くようになりました。
 
それを称してある人が
「燃える闘魂」と
名付けてくれました。
 
闘魂とは己に打ち克つ、
そして戦いを通じて
 
己の魂を磨いていく
ことだと思います。
 
 
(19)
 
人生に花が咲こうと
咲くまいと
 
生きてることが
花なんだ。
 
生まれてきたことが
花なんだ。
 
 
(20)
 
何かやると、
当初はいろいろ
言われても、
 
あとから必ず評価される
ときが来ます。
 
俺の歴史は
その繰り返しですよ。
 
 
(21)
 
出る前に負けること考える
バカいるかよ!
 
 
(22)
 
寝てたいヤツは
一日中寝ていろ!
 
そのかわり、やる以上は
ギネスブックの記録を
作るぐらいの覚悟でやれ!
 
 
(23)
 
言い訳は
ひとつも通用しません。
 
それでも歩きましょう。
人生逃げ道なし。
 
 
(24)
 
元気が一番、
元気があれば何でもできる!
 
 
 
− アントニオ猪木 −
 
 
 
8720180801keihatu.png
 
 
■ 世界にその名を知らしめる!
 
 
今回は、元プロレスラーで参議院議員のアントニオ猪木さんの名言を集めさせて頂きました。アントニオ猪木さんは、1960年代から1970年代前半にかけて世界中を熱狂させたモハメド・アリ(2016年に死去)と異種格闘技戦を行ったことがありまして、当時この試合は全世界で放送されました。
 
 
試合の内容に関しては、下の動画を見ればお分かり頂けますので、是非一度ご覧になってみてください。当時は「茶番」といった声も沢山あったようなんですが、日本ではスーパースターでも世界的には無名なプロレスラーが、あのモハメド・アリと試合を組めたことだけでも凄いことだと思います。
 
 
この試合以後、アントニオ猪木さんは海外(主にアメリカ)に遠征しては当時名を馳せていたプロレスラーと試合を行なえるようになったようです。モハメド・アリとの世紀の対決によって知名度が上がったので試合が組みやすかったのかもしれませんね。
 
 
 
8620180801keihatu.png
 
 
■ 燃える闘魂が39歳で糖尿病を発症!
 
 
倍賞美津子さんと結婚し、一子(女の子)をもうけ、家庭も仕事も順調だった39歳のときに糖尿病を発症します。ちなみに病院を訪れたときの猪木さんの血糖値は596mg/dlで、大変危険な状態にあったため、即日入院しました。
 
 
気になる猪木さんの糖尿病の原因についてですが、当時のプロレスラーに多かった暴飲暴食によるものだそうです。1日の代謝カロリーが約8000kcalであったのに対し、その当時の猪木さんの摂取カロリーは何と!約15000kcalと大きくオーバーしていたとのことです。
 
 
お医者さんから糖尿病と診断されたさいに、「もう二度とプロレスをすることはできない」といわれたそうです。しかし、燃える闘魂は、医師のこの忠告を受け入れることはできませんでした。ちなみに猪木さん以外にも以下の方々が糖尿病を発症しています。
 

松山千春さん
渡辺徹さん
蝶野正洋さん
清原和博さん
江本孟紀さん
三浦雄一郎さん
岸部四郎さん
元木大介さん
ドロンズ石本さん

 
 
 
■ 糖尿病発覚から44日後に復帰!
 
 
約3週間の入院生活を余儀なくされた猪木さんはインスリンも薬も一切使わずに血糖値を180mg/dlまで下げることに成功し、糖尿病と診断されてから44日後にはリングに復帰し、現役生活を続行します。当時の猪木さんは、新日本プロレスを立ち上げたばかりです。
 
 
看板選手兼社長である自分が引退するわけにはいきませんでした。ですので、治療も食事療法、運動療法を医師の指示に従って徹底したようです。まず、他のレスラーたちとの夜の暴飲暴食をやめます。ごはんの代わりにキャベツの千切り、あと、水風呂に入るのを習慣化したようです。
 
 
また、現役時代から猪木さんは事業家としてビジネスを色々と展開しては失敗しています。かなり無茶なこともやってきましたが、有言実行を地で行くところが素晴らしいですよね。本当に憎めない人だと思います。
 
 
 
 
■ 糖尿病は、合併症が怖い!
 
 
糖尿病が怖いのは、「心筋梗塞」や「脳梗塞」などの合併症です。糖尿病を発症してから10年前後でさまざまな合併症を引き起こすので、ある日突然心筋梗塞で倒れて、入院して初めて糖尿病を発症していたことを知るケースが少なくありません。
 
 
糖尿病が怖いのは、自覚症状がないままどんどん進行してしまうことです。カラダの中で異常に増えすぎたブドウ糖が目や腎臓や血管などの臓器にはりつくことによって臓器の機能が低下し、心筋梗塞などの重篤な合併症を引き起こします。
 
 
意外と知られていないのが、途中失明や透析導入の原因の一位が糖尿病という事実です。そうならないためにも、生活習慣を見直して、改める必要があります。
 
 
 
 
【画像】 Pinterest
 
『アントニオ猪木 × ナイナイ 猪木伝説・猪木VSアリを解説』
 

 



『 こんな記事も読まれています 』