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【明治の女傑!広岡浅子の名言】
 
 
(1)
 
成功の秘訣は、
 
その人に情熱があるか
 
どうかにかかっている
 
 
 
(2)
 
どうせ死ぬのなら、ひと戦してからや
 
 
 
(3)
 
遺言はしない。
 
 
ふだん言っていることがすべて遺言
 
 
 
(4)
 
何でも初めから無理と思ったら、
 
結果もそのようになります。
 
 
無理でも目的を立てて、
 
どうしたら完遂できるか、
 
焦点を絞っていくことが大切です
 
 
 
(5)
 
貧しい人々の
 
救済に働こうとするならば、
 
自ら貧しい人々の生活に入り込んで、
 
その生活の有様を見てきてはじめて、
 
彼らを救う方針が立つのです
 
 
 
(6)
 
私は婦人でも十分に
 
経営する才能があることに
 
自信をもっています。
 
 
婦人でもできないことはありません。
 
 
必ずできるのです
 
 
 
(7)
 
日本の現在のもっとも
 
たいへんなところは経済です。
 
 
富を得ることが必要です。
 
 
富を得るには倹約よりも
 
生産事業を起こすことが必要になります
 
 
 
(8)
 
体を売る女をなぜ責めるのか。
 
 
彼女たちはほかに手段がないからだ。
 
 
ではなぜそうなのか?
 
それは男たちが女子教育の
 
機会を奪ったからだ
 
 
 
(9)
 
これまでに倒産したとこは負けや。
 
他人のせいやない。
 
 
時代に乗り遅れて手も打てなんだのやろ。
 
商いは、自力で勝つしかない
 
 
 
(10)
 
七転び八起き以上の「九転び十起き」
 
 
 
− 広岡浅子 −
 
 
 
【 参照本 】
 
広岡浅子 気高き生涯 (PHP文庫)
 
 
 
今回は、明治の女性実業家、広岡浅子さんの名言をまとめさせていただきました。明治の女傑といわれるだけあって、言葉一つ一つに強さと優しさが込められてますね。
 
 
NHKの朝の連続テレビ小説「あさが来た」の主人公として描かれ、同ドラマは同局の同ドラマシリーズとしては今世紀最大のヒット作となり、一躍その名を知られることとなりました。
 
 
過去にも何度か映画やドラマの登場人物の1人として広岡浅子さんの姿が描かれていますが、物語の主人公としては今回が初めてでして、その波乱万丈すぎる人生がなぜこれまで映画化・ドラマ化されていなかったのか不思議でなりません。
 
 
女性実業家として幅広い事業を展開し、炭鉱をはじめ銀行、保険、教育など幾つもの事業を展開し、紆余曲折で波乱含みの展開となりながらも、最終的にはどの分野でも成功を納めています。
 
 
また、晩年には女性が教育を受けられるようにと、教育事業にも尽力を注いだことで、今日の日本の教育にも大きく貢献しています。
 
 
この時代の女性が事業を起こすということが、どれほど大変なことか、ドラマや広岡浅子さんの自伝を読んで思い知らされましたが、広岡麻子さんは、決して泣き言をいうこと無く、常に前進し続けることで、数々の困難を乗り越えてきました。
 
 
ただし、決してワンマンに自分の我を押し通したのではなく、身内以外誰も理解者がいない中でも決してあきらめることなく、深い愛情で沢山の人たちと真摯に向き合いながら根気よく接したことで、最終的には多くの人たちの協力を得て、数々の偉業を成し得た点が本当に素晴らしいです。